■鬼コーチ見参
さて、15分も漕ぐと岸が砂浜になっているところへ着いたので、カヌー
をそこへ停めて上陸してみた。ここにはお父さんとその息子二人の先
客がいて、砂浜で遊んでいた。砂浜のすぐ横に登山道があるので、こ
こは歩いても来られる場所なのである。
親子連れは山を下りてきた帰り道にここへ立ち寄ったのだと思われた。
我々がやってくると子供はすぐにカヌーに興味を示して近付いてきた
が、いかにもやんちゃでうるさそうな子供だったので、あんちゃんとオレ
は子供の相手を全面的にみたヤンに任せてしまった。みたヤンは子供
にカヌーの説明をしていたが、そのうちにカヌーに乗りたいなどと言い
始めたので、彼は子供たちを乗せてあげていた。それにしても、毎日
子供相手の仕事をしているだけあって、子供の扱いが非常にうまいな
と関心させられた。オレやあんちゃんだったら、言うことを聞かない子
供をすぐに怒鳴ってしまうだろうと思うのだが、みたヤンはそんなこと
をしなくても、言葉だけで子供をコントロールできていた。反対に子供
のお父さんの方は、子供が言うことを聞かないと大声で怒鳴り散らし
ているのだが、いくら大声出しても子供がまるっきり言うことを聞かな
いので、なんだかおかしかった。お父さん、子供に完全になめられ
ちゃってる。
しばらくすると親子連れは帰っていった。そして気がつくと、みたヤン
はなんと競泳用のピチピチ水着姿になっており、早くもじょばじょばと
湖に入り込んで見事なクロールで泳ぎはじめていた。
「さあー、オマエらも泳ぐぞ泳ぐぞ!早く着替えなきゃだめっしょー!
ほらー!」みたヤンは妙にハイテンションだ。
「えー!マジでー!こんな寒いのに泳ぐのかよー!絶対ヤだよー!」
あんちゃんはそう言って笑った。オレも笑った。おそらく今の気温は20
度以下と思われた。
そして水はキンキンに冷たかった。10月に泳ぐくらいの感覚だろうか。
しかし何度拒否しても、ハイテンションになったみたヤンは、何故だか
かわからないが急に「水泳鬼コーチ」と化してしまっており、絶対にあ
きらめないのだ。
「ほらー!ほらっ!二人とも早く脱げ!早く泳げほらー!」
そう言いつつ、湖の水を容赦なく二人に対してざぶざぶとひっかけは
じめた。ミタザキコーチのしごきは恐ろしいのだ。
当初オレたち二人は完全にその気はなかったのだが、あまりに怖い
コーチに恐れをなし、まずはオレから泳ぐ体制へと入っていった。自
分でもよくはわからないが、何故かその気になっていった。どうも心
の中に「せっかくだからバカな思い出でもつくってやっか」という心境
が沸き上がってきているようだった。
水着になって両足を湖に入れてみた。しかし10秒とガマンできない。
「ゲゲゲーっ!冷てぇ!これはワタシには耐えられまへん!」
驚いて水から飛び出す。そこへミタザキコーチからの容赦無い水し
ぶきがまた飛んでくる。
「甘い!何を寝言言ってんだ!入ってしまえば怖いものはないんだ!
早く入れ入れ!」
ミタザキコーチは許してくれない。あんちゃんはまだ着替えてもいな
い。我々二人の様子を見物しながらゲラゲラ笑っている。オレはこう
なったらもう絶対に泳ぐもんね!と覚悟を決めているのだが、如何せ
ん水が冷たすぎてどうしても肩まで水につかることができない。
それでも、10分くらいかけて少しずつ自分の体を騙していき、ようやく
水につかることができた。
「うげー!これでは寒中水泳だぞ!」
オレは叫んだ。叫びながらも平泳ぎをつづけた。そして泳ぎ始めてみる
と、先ほどカヌーから見たよりも更に更にカンドー的な風景を眺めるこ
とができた。湖面と完全に同化した目線は、湖の大きさと周囲の山々を
実感できた。川でも海でも体験できないような「泳ぎながら風景を楽し
む」という快感に圧倒されてしまった。これはスバラシイ。
ひとかき泳ぐごとに、手前の風景と遠くの風景とが、それぞれ違うバラ
ンスで滑らかに配置を変えていくのである。この遠近感が実にいいの
である。歩いているのとも、バイクから見るのとも、全くことなる感覚で
あった。
やがて気がつくと、あんちゃんもいつの間にか海パンに着替えており、
足先だけを湖につけていた。しかしこちらもひどい叫び声をあげている。
「つめてーっ!イヤだよー!助けて!おかーさーん!ハッハッハ!」
笑いながら絶叫である。
このように3人して遂に然別湖で泳いでしまった。一旦泳ぎ始めてしま
うと、湖の水は意外にも外気より暖かく感じた。湖の奥へ行くほど水は
ぬるくなるようだった。
そしてまた、然別湖の透明度は驚くべきものがあった。冷たい水に勇気
を奮ってえいやと顔を潜らせると、湖の実に深いところまで見渡せて、
小さな魚の泳ぐ姿や、無数の藻がゆらめく様がはっきりと見渡せた。
あとで聞いた話だが、ここは昔から自殺の名所だということで、地元の
人はここで泳ぐなんてことはしないらしい。「湖の底から誰かに足を引っ
張られる」などという話が伝わっているようだ(*)。
そうかそうだったのか、オレたちは変わったことをしてしまったのだな、
と思った。しかしながら、あの絶景を眺めることができたのだから、や
はり泳いで良かったと思うのである。
(*)泳いでいると、藻に足が絡まるんだそうです。
2002 北海道ツーリング -15-
カヌーに興味津々の子供たち。
子供を乗せてカヌーを出す。
ミタザキコーチ登場。それにしても30過ぎてその体って・・・
遂に然別湖を制覇す!