■絶景然別湖
湖に乗り出してみると、視界は先ほどより更に低くなった。普通の
ボートよりも格段に着座位置の低いカヌーならではのローアング
ルは、立ったままでは絶対に見ることのできない特異な視野をつ
くりだす。皿の底のそのまた底からの風景は、まるで湖面に寝そ
べって見ているようでもあり、下から見上げるこの角度は、超広角
のレンズで覗き込んでいるような広がり感、ダイナミック感があった。
湖上は妙なほどの静けさであった。先頭にあんちゃん、真ん中にみ
たヤン、最後尾におれが乗り、前後の二人でオールを漕いだが、
オールが水を掻くじゃばっという音が消えると、全体をきゅっと静けさ
が包む。オールから落ちる滴の音まではっきりと聞こえる。周囲の
森がちょうど消音材のような役目を果たしているようで、音を全て吸
い込んでしまっている感じ。但し湖面は音を反射するので、適度な
残響感もあり、日常にはあまり無い不思議な音響空間となっている。
「すーさん悪いけどもうちょっとまっすぐ漕いでもらえませんかねー」
あんちゃんがボートの先頭から前を向いたままでそう言った。そうい
えばさっきからちっとも真っ直ぐ進まないのは、オレの漕ぎ方に問題
があるからだった。カヌーは重量が軽いだけに、普通のボートのよう
におおざっぱな漕ぎ方をしているとすぐに違う方向を向いてしまう。
漕ぎ手の息が合わないとなおさらである。軽いのでスピードは出る
のだが、軽い分だけバランスも崩しやすく、ぐらりとくると非常に危
険を感じる。ちょっと気を緩めればあっという間に横転してしまうだ
ろう。正直なところこんなに怖い乗り物だとは思わなかった。出発し
てしばらくの間、オレは「うわっ」とか「ひぇっ」とか声にならない叫び
とも言えない変な声を連発していた。
「いやだねー、これだからおじさんは困るんだよ。落っこちないように
気をつけてね、ハッハッハ!」
あんちゃんはボートを漕ぐのにすぐ慣れたようで、なんだか余裕で
ある。みたヤンは真ん中に座ってゲラゲラ笑っている。オレだけが、
やや必死であった。ボートは何故か岸を目指して走ってしまい、そ
こから軌道修正しなくてはならなかった。しかし5分くらいするとオレ
もようやく慣れてきて、とにかく真っ直ぐに走れるようになってきた。
岸辺の草むら近くを走ると、流れる風景の速度が非常に速い。カ
ヌーの早さを実感した。公園のボートとはちょっと違うのである。
2002 北海道ツーリング -14-
このローアングルが心地よい。