■修理
ここはバイク屋というより、自転車屋と半々、といった方が正確だ
ろう。左半分には自転車が、右側にはバイクがぎっしりと並んでい
る。少し奥へ行くとホンダ製の芝刈り機みたいなものがある。実は
これは、家庭用の小さな除雪機なのである。雪を吸い込んで道路
の隅へ吹っ飛ばす、という仕組みだ。それ以外に耕耘機(こううんき)
なども置いてある。

「田舎の店は何でもやらないと食っていけないんですよ」
ご主人は苦笑いしながらタバコの煙を吐き出した。店の奥の方は
暗くてよく見えないのだが、実は板金工場になっており、見上げる
と店の壁には板金工の資格者証が掲げてあった。工場というよりは
自宅の延長といった感じである(事実工場の横は自宅の部屋になっ
ている)。

ご主人はしばらくバイクの様子を見た後で結論を出した。このバイク
はエアクリーナーがついていない(というかわざとつけてない)ので、
キャブレターに雨滴が入り込みやすい。ここ数日の大雨でどこかから
雨がキャブ内に侵入してしまったのだろう。そして雨が侵入した原因と
して一番考えられるのは、おそらくドライブチェーンから巻き込む水分
ではないか、ということだった。チェーンは4つあるシリンダーの一番
端側についているので、チェーンに近い方の吸気口が最も水を吸い
込みやすい。テスターを使ってみると、チェーンに近い方のシリンダー
は確かに火が飛んでいない模様だった。逆にチェーンから一番遠いシ
リンダーだけは正常な状態だった。テスターの針を見ながら店のご主
人曰は言った。
「たぶん1気筒しか動いてないね」
「うげーマジかよ!オレはここまで1気筒だけで走ってきたのかよ!
すげー!よくここまで辿り着いたぜ」
あんちゃんはゲラゲラ笑っていた。なるほどそうか、200キロ以上の
車体と、人間と、そして満載の荷物を、1気筒だけで引っ張るのは確か
に難しい。スタートでエンストしてしまうのも当然である。

やがてご主人の発案で、本来エアクリーナーがある部分にアルミ板で
覆いをつくって水の侵入を防ぐことにした。店の奥からアルミ板を持って
きて、それを丸め、適当な大きさにカットした。
そしてそれを、エアクリーナーの手前につけられるよう、複雑な形にカット
していく。こんな芸当は板金加工のできる店でなければ絶対に不可能で
ある。さすがであった。

待つこと1時間、とりあえず応急処置を施したバイクであんちゃんは試験
走行に向かった。オレは店の中で、奥さんのいれてくれたコーヒーをいた
だきながら、ご主人とのんびり雑談して楽しんだ。途中ご主人の息子さん
が帰ってきて「こんにちは」とオレに挨拶をした。客商売の息子として挨拶
するのは当然なのかもしれないが、しかしそれでもやはり北海道の子供
たちは礼儀正しいではないか。オレはまたしてもカンドーしてしまった。

バイク屋のご主人の発案した「雨侵入防止板」のおかげで、あんちゃん
のバイクはどうやら復活することができた。やれやれ、これでどうにか
ツーリングがつづけられる。しかしこの日はすっかり日も暮れてしまい、
どうしようかなと思っていたのだが、整備が終わると店のご主人が近く
にある民宿に電話して部屋を取ってくれた。ああ、なんともありがたい。
そして店の奥さんが軽トラで我々二人をわざわざ先導してくれた。更に、
途中のコンビニで弁当やら酒やらを買ったのだが、それを全部車に積
んで運んでくれたのだ。別にバイクに積めないわけではないけれど、荷
物満載の状態のバイクに荷物を積むのは結構面倒なものである。奥さ
んはそのことをよくわかっていて、気を使ってくれているのだ。さすがは
バイク屋さんの奥さん、よくわかっている。これまたありがたかった。

しかし人の世話になって泊めてもらった部屋に文句は言いたくないのだ
が、オレはどうしてもこういう民宿が苦手である。実に心の底から苦手で
ある。寝るときくらいは好き勝手に食って飲んで騒ぎたいのに、民宿とい
うのはいろいろと規則が多くてなんとも不自由だ。それに金払って泊まっ
てるのに、お客さんよりも宿の人の方が何故か威張っていたりすること
があるので、そういうのがイヤなのである。

宿の部屋で、テレビドラマを見ながら、コンビニ弁当でビールを飲んだ。
またしても友達の家みたいな殺風景な部屋だった。ベッドの上に座って
ビールを飲んでもまるっきりうまくない。部屋に入ってしばらくの間は寝る
場所を確保できたことでホッとしていたのだが、慣れてくるとやはりつまら
なかった。
テレビでは館ひろしが犯人を追いかけて活躍していたが、そんなことくら
いでは酒はうまくならなかった。

翌朝は食堂で朝飯を食った。窓からの景色は良いが、こうやって宿の人
にじろじろ見られながら食堂で飯を食うのが苦痛である。どこから来たの
とか、もっと食べろとか、なんだかんだと言われてめんどくさい。あんちゃ
んも「あーめんどくせー」と薄ら笑いの目でオレに訴えてくる。



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2002 北海道ツーリング  -7-
お世話になったバイク屋さん。
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あんちゃん安堵の表情。
アルミ板をカットして適当な大きさに合わせていく。
作業中のご主人。
最悪の宴。見たくもないけれどこれが真実であった。
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