■曇り、時々雨
フロからあがると、あんちゃんはリビングで寝転がってタバコを吹かして
いた。
少年は慣れた手つきでフライパンで水菜を炒めはじめた。水菜の炒め
物は手品のようにあっというまに出来上がり、少年はそれを盛った皿を
差し出した。
「はい、じゃあ、これでも食べながらビール飲んでてねすーさん。その間
 にオレは炭火焼きの仕込みをしちゃうからさ」
「お!気が利くじゃねーかよ少年ってばー!もうオレは嬉しいもんね!
 あんちゃん早くビールを飲もう」
「うあー、ビールかぁ、いいですね。カンパイしちゃおうかな」
あんちゃんは起きあがり、とりあえず3人ビールでカンパイした。

「今日こそはやっとまともな床の上で眠れるぞー!嬉しいぞー!」
あんちゃんはビールのコップを片手に高らかに叫んだ。確かにミタザキ
家を出て以来、我々はまともな場所で寝ていないのである。家というのは
やはり偉大なものだとしみじみありがたさを感じてしまう。
「準備できたよ」
少年はベランダから我々を呼んだ。今日はリッチにベランダで焼き物をし
ながらうまい地酒を飲んでしまおうという企画である。これはなかなかヨダ
レが出るような嬉しさである。
ベランダには大きな簾(すだれ)がかかっており、その下にイスが3つ並ん
でいた。既に七輪と一升瓶がセッティングされている。先ずは初物のサン
マを焼いてみる。勿論はらわたは抜かない。そのまま焼く。のんべえに
とってはここが最もウマイ部分である。
「ウマーイ!これはたまりません!このウマサは猛烈です!」
あんちゃんはご機嫌の雄叫びを上げた。初物のサンマは油が乗っていて
なんとも実にうまかった。少年が用意していた地酒とのマッチングも絶妙
であった。それからホタテやらエリンギやらエビやらをどんどん網に乗せ
てはじゃんじゃんと焼きながら、日本酒をぐいぐいと飲んでいった。

「すーさんそういばオレ留学決まったんだよ。ニューヨークに行くことに
 なったんだ」
グラスに残った日本酒を一気に飲み干しながら、少年はオレにそう言った。
「へー、そうなのか、留学なんてするのか。それはすごいな少年。ところで
 留学して何を勉強するつもりなの?」
「これっていう目的は無いんだよね実は。とりあえず語学かな。まあどっち
 みち3ヶ月の短期留学だからさ。先ずは行ってみて、留学するとどんな
 ものなのかを見てみる、って感じなんだ」
するとあんちゃんが言う。
「それでいいんだよ少年。行けるうちにどんどん行っておいた方がいいん
 だよ。とにかく行けばいいんだ。でも悔しいなー!ニューヨーカーかよ!
 帰ってきたら英語ペラペラになってて、自慢げにアメリカ最新事情なん
 て語るんじゃねぇのか?そういうことはやめてくれよな。」
「3ヶ月くらいでそんなに喋れるようになんてならないってば。でもさぁ、あ
 んちゃんもすーさんも英語話せるんでしょ?どうやって勉強したの?」
「おい少年、オレが英語を話せるとでも思っているのか?そんなことがあ
 るわけないだろう」オレは慌てて答えた。
「でもスーさんはアメリカ一人旅をしてきたんでしょ?喋れなかったら一人
 旅なんてできないじゃないか」
「オレのは日常会話だけなんだってば。これをくださいとか、道はどっちで
 すかとか。自分が見たり聞いたり感じたりしたことを言葉にするのが、実
 は一番難しいんだよ。そういう会話はオレには全然できないね。あー、そ
 れにしてもオレも悔しいなー!少年も3ヶ月経って帰ってきたら、やっぱり
 ニューヨークについて語っちゃうんだろうな。うわー!そんな姿は悔しくて
 見ていられない!ハッハッハ!」
少年は比較的自由に時間を使うことができる立場であった。だから今のう
ちにアメリカへ留学して、やれることをやっておこう、そして自分が何になり
たいのかを自分なりに探してやろう、というわけである。そのチャレンジ精神
とエネルギーがとてつもなくステキに思えた。酒を飲みながら、うーん、
オレもがんばらなくてはいけないな、なぜだかわからないけれどとにかく
がんばってやろうじゃあないか、という気持ちになっていた。

3人でしこたま日本酒を飲んだ。よっぱらったので部屋の中へ戻り、それ
ぞれ寝転がりながら話のつづきをした。近頃の少年は、お酒を飲んでし
ばらくするとすぐに眠ってしまうようになった。オレとあんちゃんが横でか
なりの大声で話をしていても、気にせずスヤスヤと幸せそうに眠っている。
「一体どうなってんだよ!なんで少年はすぐに寝ちまうんだぁ!」
あんちゃんはそう言いながら笑った。
「まったくだ!せっかく少年の家に来たのに、これじゃあ昨日までと変わら
 ないじゃないか。結局最後はオレたち二人になってしまうんだなあ」

その後も、寝てしまった少年をほったらかして、オレとあんちゃんはいいち
こを飲み続けた。帰ったら二人ともまたしてもどたばたとした仕事の日々
に引き戻されて、そして気がついたらいつの間にかもう正月だった、という
ようなことになってしまう気がしていた。それほどに、1日1日が飛ぶように
過ぎていくこの頃であった。
あんちゃんも就職して既に1年以上が過ぎ、ようやく取れた長期の休みで
あった。しかし今回はついてなかった。お盆、雨、予約無し、そういう悪条
件が重なり、何もかもが思うようには進んでくれなかった。最後の目的地
だった少年の家に着いてしまい、我々を強烈に動かしていた何かが、
ここでふっと消えてしまったような気がした。
明日は土曜日。やはり我々は、明日のうちにここを出て、東京へ帰ろうとい
う気分になっていた。
「うーん、休みももう終わりですなー」オレは言った。
「どうしようかな、オレはもう一日ここに残って少年と晩酌してから帰っても
 いいんだけどな」
あんちゃんはそう言いながら、いいちこのグラスにお湯を入れてぐびぐび
と飲んだ。しかしオレは既に帰宅モードに入っていた。帰っても何もいいこ
とはないんだけど、お盆最後の渋滞に巻き込まれながら帰るのは避けた
かった。最後の最後まで苦しみながら終わるツーリング、というのも、それ
はそれで笑えるけれど、しかしやはり、楽しいものではないだろう。

「すーさん、これからどうする?」
「うーん、それは実に悩ましい問題ですな。これからねぇ・・・」
先のことはわからなかった。なんとなく天気予報を見ると、
曇り、時々雨、時々雨、
なんともはっきりしない。先行きが見えなかった。
しかしやはり、我々は行かなくてはならない。
「そろそろ決めなくてはいけませんかねぇ」
「そうだねぇ」
ボトルに残った最後いいちこを飲みながら、
仙台の最後の夜は静かに更けていくのであった。
(完)



−end−
2002 北海道ツーリング  -ending-
翌朝はのんびりとテレビを見る。夏休み最後の時を味わう。
BACK 
酒を飲んだら。すぐ寝ちゃう。ホントにすぐ寝ちゃう。
実にもう驚くぐらいすぐにもう・・・
最後の難関越え。ホントにいろいろある旅だよなぁ。
これが旅の最後のショットになった。雨ばかりで、今回は写真が
ちっとも撮れなかった。去年の屋久島といい今年の北海道といい、
2年つづけて雨にたたられてしまった。東京目前のインターにて。
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