■安らぎの晩
少年の家は古びた木造の2階建てで、階段の途中にあった。ガラス張
りの木戸をガラリとあけて中に入ると、少し暗めの電球がぼんやりと玄
関を照らしており、なんだか懐かしい匂いがした。ここはもともとアパー
トとして使われていたらしいが、今は誰も住人がいないので、少年はこ
こで一人暮らしをしている。要するに一軒家である。

「うわ!なんだよ少年!こんなでかい家に一人で住んでるのかよ、
  ゼイタクー!」
オレは驚いてそう叫びながら、家の中を見て回った。建ててから相当年
数が経過しているようで、家の中はところどころ床がかたむいていたりも
するが、しかし住むには何ら不足の無い状況である。アパートといっても、
間取りはごく普通の家と同じなので、つまりは一軒家を途中でアパートに
してしまったということなのだろう。1階には風呂場とトイレ、そしてやや大
きめの部屋が1つと6畳の部屋が1つ、2階にはリビングと、その他に部屋
が2つあった。
「本当は取り壊すっていう話もあったんだけど、まだ十分使えるから、壊
  さずにオレに住ませてくれって頼んだんだよ。ついこの前までは姉貴も
  一緒に住んでいたんだけど、結婚しちゃったから今は完全オレ1人しか
  いないんだ」
「ふーん、そうなのか。それにしてもこんな大きな家に一人暮らしとは、
  何とも羨ましいなあ」
オレはそう言いながら、家の中を物色しつづけていた。オレはなんともこ
の家の雰囲気がに気に入ってしまった。
 
小高い丘の斜面に建っているこの家は、2階の階段横にある窓を開ける
と仙台のなんともかわいらしい夜景を見ることができた。夜景と言ったっ
て、見える灯りの数はまばらだし、それほど高い場所ではないから見晴
らしも中途半端なのだけれど、しかしこの中途半端さ加減が、この家の
少し古い感じと相まってなんともいい感じに見えた。窓からこの風景を見
ていると何故だホッとした。タバコの煙を吐きながら窓枠にもたれてオレ
はしばらくぼんやりと夜景を眺めていた。小さな街を小さな家から見下ろ
しているというなんともこじんまりした感覚が、心理的な落ち着きをもたら
すのだろうか。

すぐ下の線路を短い編成の電車がコトコトと音をたてながら時々通り過
ぎていった。この音がとてつもなく情緒のあるBGMになっていて、まるで
古い日本映画でも見ているような気分にさせてくれた。
ここには東京のような喧噪は無い。時間がゆったりと流れている。
考えてみればオレは北海道の原野を走ってきたのだからこの程度の静
けさに驚くはずもないと思うのだが、どうやらここのゆったりした感じは北
海道の静けさとはまた別物のようであった。
そう、そういえば、然別湖で感じたあの「箱庭感」と共通するものがあるの
だ。周りが囲まれた世界に入り込むと人間は落ち着くものだけれど、そん
な包み込むような気持ちの良い湿り気のある空気が、このあたりには流
れていた。

「すーさんとあんちゃん、先にフロ入っちゃって。その間にメシの準備しとく
 からさ。それから今日はさ、うまい日本酒を飲ませるからね」
少年はそういいながら、なにやらわさわさと忙しそうに晩メシの準備をして
いた。雨に濡れて疲れていたので、あんちゃんとオレは順番にフロに入った。
フロも年期が入っていた。シャワーなんてもちろんついてなくて、風呂桶か
らお湯をじゃばじゃばくみ出しては体にかけて、熱ければホースの水を入れ
て冷ますという、基本のようなフロであった。床には簀の子。窓からは隣の
家の灯りと猫の鳴き声。ここには明らかに「昭和」が残っていた。



NEXT
2002 北海道ツーリング  -22-
このベランダは実に贅沢。七輪で豪勢に焼物大会。
BACK | NEXT
少年の家に到着。ようやくここまで着いた。
エリンギ焼き焼き中。
INDEX